Masuk13階でドアが開いた。
ショットガンを突き出しながら、健太郎が素早く左右に目を這わせた。
坂口は十字架を天高く掲げ、健太郎に続く。
その時、またあの声が聞こえてきた。
「心配ありませんよ……ここに石像はいません……いるのは僕だけです……」
「くっ……こんガキ、とことん挑発してけつかる……まあええ、行ったろやないかえっ!」
健太郎が吠え、大股で藤原の部屋に向かった。
声の主の言う通り、石像に遭遇する事無く、二人は藤原の部屋の前に立った。
健太郎と坂口が顔を見合わせ、互いにうなずく。
その時、玄関のドアが静かに開いた。
「坂口さん、行きまっせ!」
「分かった!」
二人が同時に足を踏み入れる。
「な……」
健太郎が我が目を疑う。
そこは既に、健太郎が知る藤原の家ではなくなっていた。
バスルーム以外の壁が全てなくなっており、3LDKの部屋が大きな一室になっていた。
そして至る所に、藤原の写真が所狭しと貼られていた。
「な……なんじゃこの部屋は……藤原、藤原だらけやないか……あいつ、こないナルシストやったんかいな……」
足元は細いコードで埋め尽くされ、それが一方向に集まっていた。
そこはレースのカーテンで仕切られていて、何者かが椅子に座り、窓の外を眺めているのが見てとれた。
「あっ!」
健太郎が思わず叫んだ。
カーテンの傍らで、涼子と藤原の母親がコードで拘束されていたのだ。
「涼子ちゃんっ!」
健太郎が叫ぶ。
「大丈夫ですよ、健太郎さん……お二人には少し眠ってもらっているだけです……お二人は藤原君の大切なご家族なんです……僕が傷つける訳がありません……
それより健太郎さん……僕の声にまだ気付きませんか……僕が誰か、まだ分かりませんか……」
椅子に座る男が健太郎に問いかける。
その声は確かに、健太郎にとって聞き覚えのある声だった。
健太郎が腕を組み、首をひねる。
「そやねん……下で聞いた時から、どっかで聞いた事のある声やなって思てたんや……それもかなり昔にな」
「ふふふっ……嬉しいですね、健太郎さん……まだあなたの中に、僕の存在はあったんですね……さあ、思い出してください。僕は屁たれの」
「岩崎雄介!」
健太郎が叫んだ。
「そう、その通りです……僕は岩崎雄介です」
「雄介、なんでお前がこんな所に」
健太郎が驚きを隠せず、そうつぶやいた。
「やっと思い出してくれましたね……懐かしいです。高校以来、かれこれ十数年ぶりですか」
「何や山本君、知り合いやったんか」
「ええ、こいつは屁たれの雄介、岩崎雄介です。高校の時に同じクラスやったやつですわ」
「そうか、こんな所で旧友と再会か」
「はい。そやけど正直こいつの事、よぉ覚えてないんです。卒業してから全く会ってなかったですし。元々僕と藤原、本田は一年の時から一緒におったんですが、二年の後半ぐらいから、よぉ僕らの後ついてきてたような感じで」
「なんや山本君、ちょっと薄情すぎひんか。同じグループやったんやろ? よぉ覚えてないやなんて、それは余りに可愛そうやで」
「いや、それがほんま、マジで覚えてないんですわ。覚えてるんは、屁たれって呼んでたことぐらいで」
「でしょうね、健太郎さん。あなたにとって、いや、あなたたちにとって僕は、その程度の存在だったと思います……僕はいつもそうでした……どこにいても相手にされず、いつもいつも孤独でした……この世界から僕は、忌み嫌われていました……
辛い日々でした……ですがようやく、僕の存在を忘れていたあなたたちに、僕をさげすみ続けてきた世界に復讐する時がきたのです……この大阪での出来事は、その第一段階にすぎません……僕はこの力を持って、世界を支配します……藤原君と共にね……」
「はぁ? 藤原ぁ?」
「そう、彼だけが僕の味方です……彼だけが僕の友達です……藤原君と共にこの世界を支配し、地上を見下ろして共に笑う……それが僕の夢です……」
「何や。彼、藤原君とそないに仲良かったんか?」
「いや……全くもって、覚えてないんですが……」
その時であった。カーテン越しに、雄介の頭からシュルシュルと何匹もの蛇が動くのが見えた。
坂口が叫んだ。
「やっぱりそうや! 山本君、彼はゴーゴンの力を持ってる!」
「……顔を見たらあかんのですね」
「そや、安眠マスクや! これさえつけとけば石にされる心配はない!」
「はいっ!」
二人が揃って坂口愛用、70年代少女漫画のキラキラ光る瞳が描かれた安眠マスクを装着した。
「……坂口さん。どうでもええですけど、もうちょいシリアスなマスクはなかったんですか」
「いや、こんな時こそ心に余裕や。人間、笑いを忘れたら終わりやで。何より僕ら、大阪人なんやから」
「はあ……」
「そんな事よりええな、山本君。心眼やぞ。心眼でやつの首を叩き落とすんや!」
「分かりました!」
健太郎が気を取り直し、ショットガンを肩に掲げ、右足に巻きつけていた鉈を手にした。
雄介が立ち上がり、ゆっくりと振り返り二人を向く。
心眼、心眼……健太郎が神経を研ぎ澄まし、雄介の気配を感じようと意識を集中させる。
その時坂口が、十字架を掲げて大声で叫んだ。
「悪魔の下僕よ! 汝に申し伝える! この世界から立ち去れ! 速やかに悪魔の世界へ戻るのだ! 悪魔の下僕よ! 汝に申し伝える!」
「ちょ……ちょっと坂口さん」
「どないした、山本君」
「いやあの……ちょっと黙っといてもらえますか。すんませんけど、集中できませんので」
「あぁそうか、すまんすまん。黙ってやるわ」
健太郎が再び雄介の気配を探る。
(来とる……こっちに向かっとる……もうちょい、もうちょいや……感じるで……)
健太郎の額に汗が流れる。鉈を持つ手に力が入る。
「感じてきたで……見える、見えるで雄介……!」
気配が間近に迫ったその時だった。
「今や! 死にくされっ!」
健太郎が渾身の力を込めて鉈を振り下ろした。
「うりゃああああああああああっ!」
* * *
ドサッ……!
振り下ろした鉈に、確かな手応えを感じた。
「よっしゃ! やったで! 坂口さん、やりましたで!」
健太郎が雄叫びをあげ、勢いよく安眠マスクを取る。
「……あ、あじゃ……」
―そこには坂口の首が転がっていた。
「しもた……しもたしもたしもたがな……」
健太郎が頭を抱えた。
「あかん……あかんあかんあかんがな……このオチはスイカ割りと同じやないかえ……」
「ふふふっ……はっはっはっ」
雄介の甲高い笑い声が聞こえた。
「なかなか面白いオチでしたね……さあ健太郎さん、次はどうしますか」
「くっ、おんどれっ……!」
健太郎がそう言って再び安眠マスクをしようとした、その時だった。
「藤原君!」
雄介が叫んだ。
「何、藤原やと……やっと来たんかえっ!」
藤原は石像に抱えられ、マンションまで運ばれてきたのだ。
「藤原君、藤原君!」
インターホンに向かい、狂喜する雄介が叫ぶ。
その声に、意識を失っていた藤原が、はっとして起き上がった。
「藤原君! さあ、入って! 入って!」
ドアと共にエレベーターが開いた。藤原が頭を振り、気を持ち直して中に進む。
「ああ……やっと……やっと藤原君に会える……」
雄介の声が踊っている。
「せいっ!」
藤原が自販機に正拳を叩き込む。
その衝撃で缶ジュースがいくつも、取り出し口にゴロゴロと落ちてきた。
その中から水を掴むと、頭からかぶって気合を入れなおした。
「この声……やつや、やつに違いない……大阪を滅茶苦茶にしたんは、あいつやったんかい……!」
エレベーターから降りた藤原が、玄関に立った。
ガバメントとグロックのマガジンを入れなおし、両手で構える。
「いよいよやな……化物の黒幕とのご対面かいっ!」
玄関のドアがゆっくりと開いた。
半年後。戦いは終わった。数百万の犠牲を払った大阪に、少しずつ活気が戻りつつあった。事件の真相は当然、誰にも分からない。全てを理解しているのは、藤原と涼子だけ。そして二人が、それを口外する事はなかった。* * *徘徊していた数百万にも及ぶ石像たちは皆、元の姿に戻っていた。しかし坂口の言っていた、「首謀者を倒せば、呪いが解けて皆が助かる」と言う言葉は、残酷な答えとなって返っていた。確かに元の姿に戻りはしたが、脳味噌を排出した人々が再び蘇生する事はない。市内は数百万人の死体の山、ゴーストタウンと化していた。学者たちは頭を悩ませ、連日この惨劇を巡っての議論が続いた。だが誰一人として、答えにたどり着くものはいなかった。藤原は思っていた。(呪いからは解き放たれた……魂っちゅうもんがあるんやったら、みんな、安らかな眠りについた筈や……そうや、絶対そうや……)* * *雲ひとつない透き通る青空を、ベンチに座って見つめている藤原と涼子。藤原が涼子の頭を優しく撫でた。「お兄ちゃん、屁たれにだけはなりたくないね」涼
爆発が起こった。衝撃で部屋が揺れる。「なるほど……健太郎さんにしては、なかなか格好いい最後だったようですね、ふはははははははっ!」「くっ……健っ……!」素早くマガジンチェンジを行い、藤原が雄介目掛けて発砲する。その藤原の体を、雄介の鋭い視線が容赦なく切り刻んでいく。* * *その時、爆発音に妖しい眠りから覚めた涼子の視界に、雄介と戦う藤原の姿が映った。「……お……お兄ちゃん……」涼子が体に巻かれたコードを外そうとあがく。幸いにもコードは緩く締められていて、何度か試みている内に外す事が出来た。―涼子の目に、床に転がる鉈が映った。涼子が鉈を手に取り、ゆっくりと立ち上がった。「ふはははははははっ! 藤原君、そろそろお別れの時ですね! 僕を裏切った事、あの世で後悔してください!」涼子が鉈を振りかざし、雄介の後ろに立った。藤原は壁にもたれかかり、諦めきった表情で両腕をだらんと下ろした。「よりによって、屁たれのクソダコに殺られるとはな……」「死ねっ!」その時だった。「やああああああああっ!」
雄介が拳を握り締め、わなわなと肩を震わせた。レースでよく見えないが、泣いている様に見えた。そしてしばらくすると天を仰ぎ、藤原への思いを断ち切る様に笑い出した。「あっはっはっはっ!」虚しい笑い声が、室内に響く。「分かりました……僕には……僕には友達なんかいなかったと言う事ですね……じゃあ僕は何ら遠慮する事なく、この力を持って世界の頂点に登ります……やはり頂点は一人なんですね……まずは健太郎さん、あなたです……あなたには最高の舞台を用意しましょう……直美さんっ!」「何……直美ちゃん、やと……」雄介の声にバスルームの扉が開き、中から直美がゆらりと姿を現した。「直美ちゃん……無事やったんかえっ!」「待て健」身を乗り出して叫ぶ健太郎を、藤原が制した。「よお見てみい、目が死んどる」「な、直美ちゃん……」「彼女はもう、僕の忠実な下僕です。彼女の能力は素晴らしい物です。石像にしてしまうには余りにも惜しい、そう思いましてね。彼女にはその姿のまま、僕の番犬になってもらったんです。さあ直美さん! まずは健太郎さんを殺して下さい!」その声に、直美の肩がピクリと動いた。&nbs
10分後。「ええ加減にさらさんかえこのボケッ!」健太郎が藤原の後頭部を張り倒した。「ごっ……!」衝撃で目から火を出した藤原が、思わずうなる。そして静かに、大きく深呼吸すると手を挙げ、二人に言った。「すまん、ちょっとタイムや……」ポケットから煙草を取り出し、くわえて火をつける。「ふううううぅっ……」白い息を吐き、眉間に皺を寄せ、天を仰ぐ。「……よし、もう大丈夫や……いわちゃき、いや、岩崎雄介やな、分かった……」煙草を床に捨て、踏み消した。「……そやけど、岩崎雄介……そんなやつ、俺知らんぞ。訳の分からん事ぬかしやがって……それも人の事、馴れ馴れしぃ呼びくさって」「正気に戻ったかえ。そやけどちょっと待てや、その話は後や。おえ屁たれ! 先に俺が質問するっ! お前がどないして、そんな訳の分からん能力を得たんか、まずはそっからや! さあ、答えたらんかえっ!」健太郎が雄介にショットガンを向けて吠えた。健太郎の問いに、思考が停止していた雄介もようやく我に帰った。「……い、いいでしょう&
銃を構えた藤原が、部屋に足を踏み入れたその時だった。「藤原、目えつむれっ! やっぱしやつはゴーゴンの力を持っとった! 顔見たら石にされてまうぞっ!」健太郎が大声で叫んだ。「……分かった」藤原が静かにうなずき目をつむり、安眠マスクをしようとした。その時だった。「藤原君! 心配しなくていいよ! 君に危害を加える様な事は絶対にしない! する訳ないじゃない! さあ、目を開けて!」雄介の狂喜する声が響いた。「何を! 騙されるかえっ!」「……大丈夫、僕は顔にレースをかけます。そうすれば石になる事はありません。健太郎さんも大丈夫ですよ、マスクを取ってください」藤原が恐る恐る、ゆっくりと目を開けた。すると雄介の言う通り、彼は顔に黒いレースをかけていた。頭にはシュルシュルと蛇が動いているのが見える。「おい健、大丈夫や。お前も目ぇ開けろ」藤原の声に、健太郎も安眠マスクをゆっくり外した。「……」藤原には、所狭しと張られている自分の写真、散乱しているコードや倒れている涼子の姿は見えなかった。彼の目に映ったもの。それはその場に転がっている、坂口の無残な生首だった。「坂口さんも……やられたんか……」「お
13階でドアが開いた。ショットガンを突き出しながら、健太郎が素早く左右に目を這わせた。坂口は十字架を天高く掲げ、健太郎に続く。その時、またあの声が聞こえてきた。「心配ありませんよ……ここに石像はいません……いるのは僕だけです……」「くっ……こんガキ、とことん挑発してけつかる……まあええ、行ったろやないかえっ!」健太郎が吠え、大股で藤原の部屋に向かった。声の主の言う通り、石像に遭遇する事無く、二人は藤原の部屋の前に立った。健太郎と坂口が顔を見合わせ、互いにうなずく。その時、玄関のドアが静かに開いた。「坂口さん、行きまっせ!」「分かった!」二人が同時に足を踏み入れる。「な……」健太郎が我が目を疑う。そこは既に、健太郎が知る藤原の家ではなくなっていた。バスルーム以外の壁が全てなくなっており、3LDKの部屋が大きな一室になっていた。そして至る所に、藤原の写真が所狭しと貼られていた。「な……なんじゃこの部屋は……藤原、藤原だらけやないか……あいつ、こないナルシストやったんかいな&hellip